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supportについて思うこと

yoga theraphy(といってもあやしい療法ではなくて、体をある「感覚的にぎりぎりに開かれるところ"edge"に人のサポートによってとどまってみてそこで起きることを感じる、というようなほとんどボディワークという感じだけれど)の講座で。
ふわっと触れられる方が「support」されていて預けられる感じがするか、しっかり強く持ってもらっているほうが「support」されているという感じがするかはその「受ける人」によってかなり違うみたいで、難しいところ。サポート側をやるときは「押さえられている」というふうに感じられるのではなく落ち着いてサポートされているという感じで受けてもらえるにはどうしたらいいか、というのを考えて試します。
そのなかでいくつか気付いたことを。
1)持続的な(ふらふらと変化しない)質で(ぶれない質で)触れていること(圧の質も)。結構難しく、知らずのうちに質がうろうろしていたりしてしまうけれど。
2)「重みでつながっている」感覚。体重をかける、とか力で押すというのではなくて。重みでつながってひとつのものになっているような感覚。同時に「押さえてパートナーのポーズをkeepしている」というような「つもり」から離れること。

「脚上げ」・「カポタ(鳩)」・・・e.t.c

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中井久夫さんの「こんなとき私はどうしてきたか」(医学書院)
を読む。どのようなひとつひとつのこと(それはちょっとした言葉であったり、医療者のこころのなかでのつぶやきのようなことばかけであったり、患者さんとの挨拶だったりとか様々なことなのだけれど)が「治療的」にはたらくものなのか、中井さんのこれまでのなかで培ってきたことが書かれてあります。
実はボディワークもこういうことが大切で、「なにかをこうしてあげよう」とか「体験を与えてあげよう」いうのは思い違いなんじゃないかと思います。


おどろくべき病的体験、たとえば世界が粉々に分解するというようなまだだれも報告していない現象を話してくれる患者がいたとします。その彼が友達と映画を観に行ったり、ベースボールをしたり、喫茶店に行ったりしたことを、私は驚くべき病的体験の話よりも膝を乗り出して興味をもって聴けるか。-じつはそれは、医学部に入ってから何十年たった人間、医者の世界で生きてきた人間にはとてもむずかしことです。この点は、看護師の世界はそれほどではないかもしれない。あるいは、たいていの患者は看護師が健康な面に光を当てているからこそ治るのかもしれません。(本文より)

こんなとき私は

中井久夫「こんなとき私はどうしてきたか」(医学書院)・・シリーズ・ケアをひらく叢書・・
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