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Craniosacral Workワークショップ

数日前に、クラニオ(クレニオ)セイクラルワーク"Cranio Sacral Work"のワークショップを受けてきました。以前幾度かセッションを受けたことがあり、そのなかでからだの中が波打っていったり重くなったり、というような感覚におりたことがあって、機会があったら講座のようなものを受けてみたいと思ってました。kripalu yogaに通われ、ブログを通して知り合った(お会いしたのは今回が始めてでしたが)kazuhaさんがクラニオをとりいれたエサレン・ボディワークの Workerをされている方で、今回参加したのは彼女が企画、オーガナイズをされた、クラニオプラクティショナー加藤佳江子(komalagita)さんのワークショップ。私が参加したのは基本と、クラニオというもののスタンスを紹介するという感じの内容の、イントロダクションの講座です。

クラニオセイクラルワークは日本語にうつすと、「頭蓋仙骨療法」とあてられるようで、「文字通り」といえばそうなのですが(笑)日本語にするととても重々しそうな響きで骨をなんとかするのか?という感じですが、あまり、そうではないようです。1900年初頭にオステオパシーの学生であったW.G.サザーランドによってひらかれ、その後、J.E.アプレジャーらによって展開されたものだそうです。(詳しくは、アプレジャー著の「もうひとりのあなた」科学新聞社刊や「クレニオ・セイクラル・セラピー」たにぐち書店刊などを・・)日本ではオステオパシーの施術者やロルフィングの施術者の方が併行してしていることの多い、5グラムタッチといわれる、ほとんど圧をかけない触れ方によるボディワークです。

頭蓋骨(その縫合部)はサザーランドの当時、生育につれて固着すると考えられていたけれど、彼は縫合の構造形態から「呼吸のような動きをあらわすのではないか」と考え実験をし、その頭蓋骨の動きが精神、生理機能に影響を及ぼしていることを発見したのだそうです。そこでの動き、motionには実際に、あるリズム(三種類のスパンのリズムの相)が確認され、脳脊髄液の生成のリズムやからだのなかでの何らかのリズムがベースにあるのではないかと考えられているようです。波打ちのリズムのように感じられるからだのうちに起きている組織間の"呼吸"のような動きに、軽く触れていることによって施術者とクライアントの身体間のあいだでチューニングがおこるように、それをとおして身体からの作用として変化が促されてくるように、というもののような印象です。

アプローチの仕方、捉え方のちがいで「流派」のようなものもあるようですが、今回参加したのは"Craniosacral Biodynamics"というもののワークショップで、説明、紹介のあと、参加者同士で体験しあってみるというもの。一人が寝て、一人が頭に軽く両手で包むように触れる。そのあと、同じようなことを仙骨でもやってみる(こちらは片手で)・・・。

触れるといっても、何か「気を送っている」ようなつもりにはなってしまわずに、「圧す」のでもなく、さらに触れているところや、触れる手のひらに意識を集中させてもいけないというアプローチ。ましてや操作や、「motionを探そう」とか、「なんとかしてやろう」というのは違うという、なかなか微妙なポジション、スタンスでいることを必要とされます。もちろん「ただ気にせず触ってりゃいい」のとも違います。その環境とそこにいて触れる自分と触れられる相手とを「ひとつの知覚フィールド」として広げて見続けている(受け入れて感覚的に観察しつづけている)ように、そして、感じられてくることを追跡も判断もしないで「観ている」ように、ということのようです。そこに集中、固着しているのとはちがうけれど、手をとおして観察している。

「手技」ではあるのだけれど、いわゆる「手技」の技術-手で触れることによるアプローチのテクニック-というよりもう少し違った質のありかたや、態度みたいなものが大事なもののような印象です。侵襲してしまうことなくひたすら「待って」、空気の層をとおして「聴いている」ような。それによってふっと向こう側から窓があいてくるのを待つような触れ方の質、ありかたの質のようなものが問われるような「手技」なのかもしれません。

実際は結構むずかしく、ごく軽く触れているつもりでも、触れる場所が頭部であるだけに、「押さえられている」ようにパートナーに感じられて苦しかったり圧迫感が感じられたりします。指先で「点」で触れると、圧をかけていなくても、少し「入ってこようとされている」というような感覚に受け手には感じられてしまいやすいよう。軽くふれてるつもりでもパートナーに指摘されて気付く。触れてはいるのだけど、触れる指と触れられているあいてのからだのあいだにあるspaceはふっと包んでおいておくようなそんな感じをとらえられたらいいのかもしれない。触れられていても、普段の生活のなかで寝た状態でずっと頭に触れらているという体験はあまりないので(さらに「どんな感じなんだろう」と意識をそちらに向けてしまっていたこともあって)どうしても触れられている接触部に注意がいってしまいリラックスしているつもりが「気があがる」感じになってしまっていたところもあったように思います。きっと受け手のほうも「そこ」に集中しすぎないで体におきていることを隣で観察しているような開き方のほうがいいんだろうなと、あとから振り返ると思います。

手で触れて落ち着いてくると、手をとおして波のような感触が感じられます。ゆっくりだったり少し速いように思えるものだったり、変化して・・。でもそれが、脈が皮膚をとおして感じられるものなのか呼吸の動きが皮膚をとおしてつたわってくるものなのか、クラニオでチューニングをしようとしている"motion"のようなものなのかはよくわからず。とにかく手に集中しすぎないで感触を見ていられるように、「狭く」ならないようにと注意して。頭部にふれているときよりも、仙骨に触れているときのほうが(パートナーの体側に位置しているせいもあるかもしれないけれど)注意は「向き合い」すぎずにいれるように思います。自分が触れられているときはその最中はよくわからないけれど、おきてみると、仙骨がなにか少し「コンパクト」にまとまって軽くなっておさまるような感じがあり、それは翌日にもつながりそこから腰椎と仙骨の間あたりが軽く拡がっていくような感じがあったりと続いて・・。

参加者同士のシェアリングをしてみると、結構受けていて感じていることはみな違う。「流れみたいなものが足の方に流れていく」という感じを話していた人もいたし、頭部に触れられているときに「頭頂に指を触れられているよう」に感じて「そこはちょっと・・」と伝えたら、実際には施術側は頭頂には触れてはなかった(笑)ということもあって(施術側の人が手をとおしてパートナーの頭部に気持ちを置きすぎたのかもしれません。それが気配として"触られている"という感覚になったのかも)。時間がなくて(というか感覚がひらかれるための時間を大事にするワークでもあるので時間はかかるべきものなのですが)その日は一人の相手との交換セッションしかできなかったので、同じ日にパートナーチェンジもしてやってみることができたら受け手、触れる側の両方としてまたいろんな感覚、違いが感じられて面白そうです。
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