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触れることと触れられること

ワークのなかでお互い役割を交代しながらゆるめあうようなことをやります。足で踏むマッサージのようなことや、重さを感じ合うこと、先の記事のような「背骨の遊泳」のようなこと・・。受け手側とアプローチする側と双方をなんどかやっていくと、パートナーのこのようなことへの「慣れ」というような側面もかなりあるけれど、それだけにとどまらず、そのひとの「触れること」への気持ちのおきかたのようなものが触れ方をとおして感じられる、見えてくるように感じられます。また、受けているときの自分のチャンネルの状態もすこしづづですが観察できるようになってくるように思います。また、他の人同士がやっているのを見ているときにどんな感じでそのひとたちが受け、アプローチをしているのかを感じることにもフィードバックがおきてくるように思います。からだの置き方(position)の選び方や触れるときの気配や質感に注意がいくようになってきます。
「ほんとは触れる相手のからだを気にかけているのかな」というようなことに、触れられる質感をとおしてアンテナが向いてしまいます。(もちろんこちらが間違ってフィルターをかけてることもあるかもしれません)
ゆるめ合うというようなひとつひとつの「やっていること」も大事なのですが、実はそれよりも触れること、触れられることをとおして感じることひとつひとつのほうがなにかベーシックなもののように思います。触れられるときに感じることは自分に触れている人のことであるだけでなく、自分が「触れること」へと照らされるし、自分が相手に触れてうける感覚、感触は自分はどうかなということに照らしかえされる。「触れること/触れられること(から照らしかえされること)のワーク」のようなことがうまくできたらと思います。

そのようなことを考えたりしているなかで「とけあい動作法」というものがあるのを知りました。文教大学の今野義孝さんを中心に、心理援助などの分野で展開されているもののようです。手を相手にふれている状態で「ピター」と心地よく押して圧をかけ、「フワー」と緩めるというもの。緩めるときに手を離すのではなく、手のひらは相手に軽く触れたままで「押して緩める」ようです。自分で自分に実験してみるとわかるけれど「軽く触れている状態でありつつ押して緩める」というところがミソのよう。「ピター」というイメージのように、押すというよりは「着いていく」という感じかもしれない。双方の皮膚の間のクッション感覚(?)が混ざり合うような圧感触かもしれません。「フワー」のときはそれが膨らみ感をともない引いていくような。
詳しくは今野義孝著「とけあい動作法」(学苑社刊)を。

溶け合い動作法

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