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軸を残して息に捨てる

「軸を残して息に捨てる」などというと、とてもかっこいいことに聞こえますが、全然そうではないのですが・・。

ヨガのレッスンのなかで、ポーズをkeepしながら呼吸を続けていったりということをします。ポーズを保つなかで吸う息でからだの中が拡がり、(内面張力?で伸び・・)吐くときにからだの中が沈みゆるみおりていく、というような感覚になっているような気がします。その「沈みゆるみおりていく」ときに、自分のありよう、感じ方、変化、気持ちのうごき等々に添うように観察、というか「みている」のが面白いです。からだは簡単に柔らかくなったりという「変化」はするわけではないけれど、そこでいろいろな「動き」や「変化」が「うごいて」いるのは感じ取れる・・・・。息を吐いているときにかたちをキープしているもの自体は保つけれど「自分のコントロールを放していく」(コントロールしよう、とすることを放すこと・・かもしれません)と言う感じなんだろうと思います。

たとえばそのときにコントロールをはずしつつ、(このあたりから自分のワーク側へつなげてみようとすると)でも、「そのときに『からだのここ』をずっと感じていて!」というように意識をつないでおくことはからだの実感を味わうときにおもしろいのではないのかなと思います。腎臓に意識をもっていってみつめていたときと、心臓に意識をもっていってみつめていたときと、下腹部のうちの腸というまとまりを意識してみつめていたときと、きっとそこで感じること、浮かんでくることは違うはずで。

読んだもの
梨木香歩著「裏庭」(新潮文庫):「からくりからくさ」を読んで以来、勝手にどこか信をあずけて読んでいるのですが、「裏庭」も・・・。
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