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「私にとってオウムとは何だったのか」

ここ数日読み続けていた本があります。早川紀代秀、川村邦光著「私にとってオウムとは何だったのか」(ポプラ社刊)です。

宗教学者川村邦光さんが、既知の弁護士(彼はオウム真理教の裁判で早川紀代秀被告の控訴審の弁護人をしているのですが)に請われ、証人尋問をしたことによって公判に関わったことをきっかけに生まれることになった本です。(裁判の状況としては現在控訴審では死刑判決が出ていて、最高裁に上告中です。)

本当は読んでもらえるのが一番いいことで、変な紹介などはしないほうがいいようなタイプのものなのかもしれませんが、この本の中で早川紀代秀さんは自分の生い立ちから、自分の惹かれてきた世界、世界観、志向等を省みることによって、自分がなぜオウム神仙の会に(それはとりもなおさず麻原彰晃というひとになぜひかれていったのかということにもなるのですが)惹かれていったのか自分を洗い出しています。また、ヨガサークル的な色合いを受けた「神仙の会」が途中から宗教色の強い団体「オウム真理教」になっていく過程、自身の出家への過程、そしてしだいに「ハルマゲドン」を防ぐためには、そして真理のためにはそれに反する人をポアによって「救って」もいいという(単純化して書いています。この辺りは本を実際に読んでいただけたらと思います。)志向になっていったのかを、実際にそこに惹かれ入会し、また内部でさまざまなことに手を染めてしまうこととなった者として、しかし、それを自分のことを検証しつつふりかえるものとして冷静に言葉に落としていかれています。

内側にいなかったもの、TVで選挙運動の様子(はりぼて人形が教祖の歌でおどっているような)などを見ての知識しかないものには「なんであんないんちきくさいのに・・」とか、思えてしまうのかもしれないけれど、ヨーガや瞑想を自己作業とすることで、なにか自己変革、変容をつかみたいと思い関わることになったものにとって、麻原彰晃という人(修行の先生)の導きによって身体感覚的な大きな変化や神秘体験(様々なビジョンや光を見るといったようなこと)を体験したり、「自分のなにかをこのひとに見通されている」ような体験などを経験すれば「そのひとの導きの力」を信じてしまうことも納得がいくように思います。それは、そのこと自体は「嘘」とか「いんちき」といったようなこととは次元のちがうできごととして関わったひとの身の上には刻まれる。もちろん、うそでもインチキでもないのだと思います。

オウムに関わったひとたちと自分たちとなにが違うか、かわらないのか。紙一重でちかいところにいるかもしれないしそこの一歩の踏み越えは「宗教にはいる」といったようなこととしてではなくても、いつ自分たちがその足を越えてしまうかわからないようなことかもしれないと思います。(組織と私、や私のなかの本当の私などとのことを考えればどこにでもそのような一歩はありえるように思います。)

半端に内容についていろいろ知った風なことを言うような本ではないように思います。保身や自己弁護のために書かれた言葉の本ではないように思います。まして、売れるため、話題のためをねらって作られた本でもないと思います。是非先入観(は消えないけれど)を消して、いろいろな人に読んでもらいたい本だと思います。自分とは関係ないとか、自分は大丈夫だ、とかいった目ではいるのではなく、自分や身近なひとにも感じうるできごととして耳を傾けて欲しいと思います。

 (早川紀代秀被告は坂本弁護士一家殺害事件、信徒田口修二さん殺害事件の実行犯の方です。)

 ほかに読んでいるもの
 
 小西聖子「犯罪被害者の心の傷」(白水社)
  東京医科歯科大学で「犯罪被害者相談室」でカウンセリングをしている精神科医、小西聖子さんの本。よむべき本だと思います。

 山中康裕「こころと精神のはざまで」(金剛出版)
  精神科医としてはじまり、ユング心理学系の心理臨床家としての活動もされてきた山中康裕さんの「そのはざまで感じてきたこと」のについてのことば。今私には山中さんのいくつかの本からうけているものはなにか大切なもののような感じがあります。

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