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心のうえのこと(オウムと私・林郁夫著)

先の記事を書いてからまた大分間があいてしまいました。

前の記事に書いた早川紀代秀さんの本を読んでから続けて、というか続けざるを得ないような感じで、村上春樹によるインタビュー「約束された場所で」(文春文庫)と林郁夫さんによる「オウムと私」(文春文庫)を読んでいます。「約束された場所で」は元信徒、出家者の人たちへのインタビューに村上春樹、河合隼雄両氏の間の二つの対談が加えられたものです。(この対談もとても考えさせるものです。)

「約束された場所で」を読むと、幹部(といってもステージにや役割によってどこまで様々なことを知る立場にあったかは様々なようです)、普通の出家者との間の意識、感覚の違いなども見えてきます。また「ふつうの」出家者の視点からの当時のオウムの内側の気配なども感じられます。私とほとんど同じ年齢、世代の人たちもインタビューされていたりして、いろいろ思うところもあります。

どこか「自分はこの外側のゆがみをもった社会に染まらないで純粋にいたい」というような心象、志向や、それと重なっての「社会を純粋なよい方向に、修行や超能力を得ることでかえていきたい」というような志向、傾向がおおまかにいうとどこか流れているようにも思います。そして、ノストラダムスの予言などのような「近く世界は破滅してしまう」というような終末論傾向も流れている傾向もあるような気がします。そして裏返しの、どこか「選ばれた者」的な選民思想のような差別化も・・。そして、また、そのような終末論や、世界の仕組みや、自分の存在と世界のつながりを「きれいに」、「すっきりと」説明できる法則を求めているような傾向もあるように思います。そのような「法則」としてオウムの書籍や教義に出会った人たちも多いのかもしれません。

私には全く超能力を手に入れたいとか、ノストラダムスの予言に本心からおろおろするといった志向がないのだけれど、もしそういう傾向があって何かでオウムのことを知ったらひょっとしたら引きつけられていたりすることもあったのかもしれないとも思います。近い部分や、わかる気もする部分、言葉の上としては「?」もありつつもそういうこともあるのか、と思える部分・・・もあります。決して遠いだけの人たちとしてはくくれないような気がします。

一つ思ったのは、「超能力を手にすることで、そして解脱することで本当の真の自分を」というのは決してオウムのような宗教にかぎらず、「こうすれば願ったことがなんでもかなう、成功する」といったうたい文句がつけられた啓発本やセミナーや心理書にも実はほとんど同じ構造のにおいがあるように思います。

林郁夫さんの本は、自身の医者の家での生まれ育ちから、宗教や修行にひかれていった経緯から始まり、阿含宗を経てオウム真理教に惹かれていく過程、そして教団のなかでのことなどを、そのときの「事実」だけでなく「彼のこころの中で幾重にもかさなりつつおきていたこと」を丹念に掘り起こし書きおこしている本です。そして振り返りながら自分で自分の心を「なぜそうだったのか」と検証しなおしていっている本でもあります。「心はひとつ」ではなくていくつも水面から浮き沈みするようにあって・・・。教団のなかでなにがあったのか、とか、どのように犯罪行為が、ということもあるけれど、それよりもそのなかでどのように感じ、葛藤し、揺れて、でも信じるもの、存在、世界観とのあいだでいくつかの事件(地下鉄事件もそのなかに入るけれど)を「踏んで」いくようになったのかを思わされます。

地下鉄サリン事件を実行する直前のときの心のこと、自分のことを省みて検証したあとの部分で彼は「私が述べてきたことは、客観的にいってしまえば、単なる『いいわけ』の心理ということになるのかと思いますが、敢えて私の立場を忘れていわせていただくなら、これを『いいわけ』といってしまうと、人の心の真実というものは、なに一つ成り立たないのではないかと、私は現在でも思っています。」(p.519)と書いています。「それ以外できないようにし向けられていたからしょうがなかったのだ」というようなことではなく、「そのとき私はこうやって思いやからだをなんとか『整理して』そのことへの最後の一線を踏んでしまい、またその『整理』の奥で動いていたことはこういうことだったのかもしれない」ということを自分や他の「その一線を踏んでしまった者」のためにも書きおかねばならないというような思いなのではないかと思います。

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