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「置く」、「置かれる」

更新がまたあいてしまいました・・。

最近、気になって追いかけている感覚、言葉があります。それは「置く」です。

体を重力とつなげる、地面とつなげる・・、といったような感覚状態を探ったりするのに「地面に乗る」とか「地面を押して反作用をもらう」というような言葉、イメージを手がかりにすることなど、よくあるように思います。でも、「言葉」は難しく、同じ言葉でも、イメージされる感覚、状態、からだのつかわれかたは人によって様々に違っていたりします。それはとても面白い面でもあります。最近気がついたのですが、自分の場合は「地面に乗る」や「地面を押す」というよりも「地面に置く」「置かれている」というイメージをからだにのせてみるほうが地面にからだをあずけていたり、つながっていたり感覚をとらえやすいように思います。

歩くときなどに一足一足、「地面に足がしっかり置かれている」状態をつくってみるようにして歩いてみたりします。同じ歩くときでも、脚をとおして「股関節を地面に置く」という感じにしてみるのと、「足裏を地面にちゃんと置いていく」という感じにしてみるのとではまた違いがあって面白いです。実際に地面に触れていたり、間接面としての接点があるわけではないけれど、「骨盤底が地面に置かれている」というようなイメージで感覚を味わいながら歩いてみるのもできます。静かさと心地よさがなんとなくです感じられるような気がします。

床に寝て自分をあずけるようなときでも、「しっかり置かれている」という感じでアプローチしてみると、「脱力しよう」というアプローチで寝てみたときとまた感じが違って、「置かれている」とか「自分で自分の身を置く」というときのほうが充実感をもってゆるんで地面とつながっている感じを感じられるかもしれません。からだ全体を、というイメージもあるけれど、細かく分けて観ていったら足首、Footを置く、とか膝から先を・・、とか、腰椎を・・とか肩胛骨を・・とか胸骨を・・、等々、様々なことができます。自分のからだのどこが実際ゆるんでいないのかを確認していくいい作業にもなるように思います。

例えばお互いに触れてマッサージのように緩めていくときなども「触れる」や「圧す」といった捉え方よりも、「掌をちゃんと置く」というほうが自分のからだと相手のからだとのあいだにつながりを感じられたりすることもあるかもしれません。「触れて」はいるけど「置いて」はいなかった・・というような発見もあるかもしれません。
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