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「陽の当たる場所から」から、「手」に

公演の本番と個人的な波もあり更新がのびてしまいました。

日比谷シャンテにアイスランド、フランス、ベルギー合作映画の「陽の当たる場所から」を観に行きました。監督はソルヴェイグ・アンスバックという、アイスランド出身、フランスでドキュメンタリー作品などをてがけていた方です。
フランス人の精神科医のコーラと、彼女の患者の、アイスランドから入ってきた「話すことのできない(話すことを閉ざした)」ロアの物語です。ことばを話そうとしないロアにコーラは、そばにいることによって、「私はあなたの『いること』を『聞いているよ』」ということを伝えようとする。そしてロアがことばで返してくれなくても「声を、ことばをかけつづけること」で「私はあなたの『いること』を大事に思っているよ」ということを伝えようとしているように思います。

そして最後、治療なかばでアイスランドに送還されたロアを、フランスに連れ帰り治療を続けさせようとしていたのがかなわずにあきらめたコーラに、アイスランドで家族のそばにいることを決めた(そのときでもまだ言葉をはなすことを閉ざしているように思うのですが)ロアが、家のまえの日溜まりでコーラの手に触れ握るシーン。ロアからコーラの掌を引きよせ、大事に触れて、コーラのもとに返します。ロアのほうがコーラに「信」を送って、伝えているような・・・。「大丈夫だからいいよ」とでもいうような・・。以前中井久夫さんの文章で「患者とながくいることよりも指を一本たててさらっと別れる方が患者に信をおくったことになることがある」というようなことを読んだことを思い出しました。

この映画を観てもそうですが、最近「触れること」「持つこと」について考えることが多いです。「重さの探検」と仮に言っているワークをしているときなど相手の腕や足への触れ方、持ち方の質感の違いで、相手の力の抜けやすさ、預けやすさがまったく変わります。(それは自分がやってもらうとわかりますね)。やわらかく、ふわりと持たれた方が逆に安心して自分の重さをあずけられなかったり、しっかりと思いぎゅっと掴まれると筋肉、エネルギーの通り道をブロックされて力をぬくことが全然できなくなることもあります。これは持つ方だけのことではなく、持たれる方のチャンネルの問題もあるでしょう。「持つ」ことのなかにも実は双方行のあいだのことがはいっているのだと思います。

そう考えてくると単純な「持つ」こと「触れる」ことのワーク、「持たれる」、「触れられる」ことのワークをじっくり時間をかけて追ってみるというのも非常におもしろく、深く、人を反映もするもののように思えます。
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