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「こころ」という皮膚

「こころ」ってからだの中にあるもの、脳のなかにあるものって気がするけど、ほんとにそうなのかな?

どうなんだろうね。なんか僕は「こころ」って皮膚のまわりにあるような感じもするんだよね。皮膚も「薄皮一枚」みたいなものじゃなくてさ、なんか「膨らみ」のあるもののような気もしてね。

へえ?それってどんな感じなの?

皮膚も身体の外側をぴったり包んでるっていう感じじゃなくてね、空気みたいな感じでふわっと間にあって、なんとなく「こころ」ってそこにあるっていうか、「そこで」あるっていうのかな、上手く言えないんだけどね。

ふうん・・

皮膚もね、なんか筋肉みたいに、でもふんわり、でもあるんだけど、「皮」っていうより厚みをもってるもののような感じがするんだ、そんな感じってない?

そういわれてみるとそうイメージしてみることもできそうね。

たとえばさ、「力を脱いて」って言われると普通筋肉をゆるめたりしようとすると思うんだ。でも、「皮膚の力を抜いてみる」っていうのもあるよね。

えっ?

うん、僕はあるよ。「皮膚をゆるめてみる」っていうふうに感じてみたときのほうが抜けていくときとかね。

へえ、でもそうしてみるとなにか印象が変わるね。なんか落ち着いて見えるね。やっぱり「こころ」でもあるのかな・・・・。

最近読んでいるもの。

少しまえの記事(ChannnelとTuning)の本の著者、山中康裕さんの著作集の「たましいと癒し」(岩崎学術出版社)を。
こころとからだについての臨床体験からの考察や、冒頭の「セロ弾きのゴーシュ」をカウンセラーの「成熟」に引き寄せて読んでいく論文など引きつけられます。治癒力や自分であることの発露があらわれてくるための地ならしとしての時間、関わり、空間のこと、考えさせられます。

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