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「聴覚障害者の心理臨床」

本当に久しぶりの更新になってしまいました。
12/3の宮崎祐子さんの国立音楽大学でのパフォーマンスへの参加、そして、12/6、7の木村由さん(ダンス)・長久保涼子さん(写真)とのコラボレーションの会。そして自分のワークや友人の公演の照明。平均睡眠3~4時間のなかでとてもとても、という感じでした。

二つのパフォーマンスは自分のなかで新しい発見や、今の自分への様々な確認のときでもありました。いずれ書いてみたいと思います。

今、村瀬嘉代子さん編の「聴覚障害者の心理臨床」(日本評論社刊)を読んでいます。聴覚障害は「聞こえ」の障害であるだけではなく、なによりも「コミュニケーションの障害」としてたちあらわれてくるものだということを、実際の事例、試みの報告で気づかせてくれます。

「見えないことと聞こえないこと、どちらかの障害をなくせるとしたら、あなたはどちらを選びますか」と聞かれたヘレン・ケラーは即座に「聞こえないことを」と、答えたそうです。ヘレン・ケラーと同じような障害のある福島智さん(9歳で失明し、17歳の時に失聴された)という金沢大学の助教授の方は「・・・耳が聞こえなくなったあとは本当に独りぼっちになったような気がしました。・・・夕陽が見えないとか、星空が見えないとか、自動車が運転できないとか、そんなことはたいした問題じゃないんですよね。一番大事なのは、他の人とコミュニケーションできなくなったこと、それがものすごくつらい。逆に言うと他のすべてが絶たれてもコミュニケーションできるということ、話し相手がいるということ、それがあれば生きていけるんだなあと感じたんです」と言われています。(本書所収の木島照夫さんの文章より引用です)

生まれたときから失聴されていた人、聞こえていた時があったひと、そしてまたろう学校や、ろう者社会のなかで手話という「ことば」を得ている人、家庭、家族のなかでは手話をほとんどつかうことができなくて家族と「ことばのかかわり」を共有することが少なかった人、手話という「ことば」を禁じられて触れることが出来なかった人、そして聴覚障害者老人ホームでの、就学経験がなくて手話を収得していない「ろう」の入所者と手話で会話をコミュニケートする「ろう」の入所者の間のかかわりの「溝」。本当に様々な個別の状況で違う状態のようです。そして心理援助者、臨床の現場では「コミュニケーション」の障害であるという側面によって、双方とも疎外感を感じることがあったり・・・・。「ろう者自身による精神・心理療法も必要なのでは・・・でもろう者が医師や心理士になる道は閉ざされている」(片倉和彦さんの文章より)

心理臨床や福祉といったようなことに興味を持っている人だけではなく、様々な人が読んで、「実際にあること」に触れてほしい本だと思います。

聴覚障害者心理臨床

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