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「普通」について

中井久夫さん村瀬嘉代子さんと、精神・心理臨床の方の本ばかり読んでいます。で、次に読んだのも「べてるの家の「非」援助論」(医学書院)です。

どうしてこのような言葉(べてるにかぎらず、中井さん、村瀬さんの言葉も「現場の当事者」の言葉です・・・もちろん彼らは病気の当事者=患者ではないけれど・・・)にひかれるのかというと、やはり「普通、ふつう」ということを考えてしまうからなのかもしれないと思います。なにが「普通」か、なにが「当たり前」か・・・。そして「閉じない(閉じてしまっていることもみとめたうえから)ことに触れるための身づかい、肌づかい」とでもいうような何かを感じます。

自分のなかには「これでも普通です」といいたいところがあります。(わざと変なこと、妙そうなことをやってそれを「普通だよ」というようなことや「変でしょ」というようなこととは全然ちがうことなのですが。)

てらうわけではない、ふつう。「これでも、はじめられる"普通"です」というような。

(「べてるの家の非援助論」はSanaさんのウェブログ「Silent Voices」の記事で知りました。また、べてるの家にはホームページもあります。)
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